このままでいいの?「アメリカの教室」を通して、日本の教育を考える

日本が進めている教育はこれでいいの? ……そんな悩みのヒントが、アメリカの教育との比較で得られそうです。

2015年春から1年間にわたり、アメリカ・ニューヨーク州の幼稚園・保育園と小中高校にて教育の実態を見てきた、発達心理学者・赤木和重さんによる著書『アメリカの教室に入ってみた:貧困地区の公立学校から超インクルーシブ教育まで』を元にご紹介します。

■“皆と同じ”志向の日本の教育は生きづらい”?

日本では、“年齢でクラスや学年が決まり、時間割も一緒”が基本ですが、人種も文化もそれぞれ違う子どもたちが集まるアメリカの教室では、“みんな違って当たり前”が前提。したがって、“みんな一緒に”は重視されません。

そんなアメリカの教育の現状を知ったうえで、帰国後に見た日本の教室を、赤木さんは次のように感じたそうです。

<ある幼稚園を訪問したときのこと。年少の子どもたちが、皆一列に並んで、遊戯室に入って、皆同じように座り、そして、皆同じようにお歌を歌うように求められます。

入園したばかりの子どもたちなので、そうそうみんなと一緒にはできません。列をはみ出す子どももいます。しかし、先生は必死になって、みんな同じようにさせようとします。先生が、子どものためを思っているのはすごく伝わりました。

ですが、どうにも私にはしっくりこないのです。皆と同じ“一緒・一斉”活動を当然のように求める価値観、そして、それを子どもたちが当然のように志向する雰囲気を見て、しんどくなりました>

どうやら、当たり前だと思っていたことのなかに、日本の教育のある種の窮屈さがかくれているようです。

■独自の感性や資質を持つ子が「気になる子」に?

“皆と同じ”が求められる状況では、独特な個性や個人の相違が、どうしても目につくようになります。

<皆と一緒に同じことをすることは、社会の中で生きていくうえで必要なのかもしれません。ただ、このような“皆と同じ”志向が強まれば強まるほど、そこからはみ出る子どもは、“気になる子”として否応なく目立ってしまいます。

“皆と同じ”志向の教育が、独自の感性や資質を持っている子どもたちを生きづらくさせているのも事実です。

日本の教育に当然のように根を張っている、この“皆と同じ”教育観を自覚することなしに、教育の改善は見込めません>

ちなみに文部科学省の学習指導要領では、“個性を生かす教育の充実に務めなくてはならない”と掲げられています。

■“皆と同じ”を求めない”超インクルーシブ教育”とは

そんな日本従来の教育システムとは一線を画す、アメリカの”超インクルーシブ教育”とは、どういったものなのでしょう。

そもそもインクルーシブ教育とは、障害のある子どもや外国籍の子どもなどを排除しない、”すべての子どもをふくみ込む教育”のことを指します。

インクルーシブ教育では障害のある子どもも通常クラスに在籍し、共に学びます。日本とアメリカではその内実が少し異なっていますが、日本でもいくつかのモデル校にて実践されており、今後の体制づくりが模索されています。

■学年も障害も関係なく、幼稚園児から中学生までが共に学ぶ

インクルーシブ教育の最先端国であるアメリカでは、さらに進んだ”超インクルーシブ教育”が実践されています。“学年も障害も意識することなく、幼稚園児から中学生までが共に学ぶ”ユニークな学校もあるほどです。

そこにある多様性は、日本の教育には無いものであり、赤木さんは驚きと同時に、「自己肯定感や社会性をはぐくむ意義を感じ、子ども一人ひとりのプライドを尊重することが念頭にあることに気づいた」と語っています。

日本でも、保育の分野や一部の学校において、この超インクルーシブ教育が取り入れられています。

今後、教育のひとつの形として根付いていくためには、「同年齢の学びのほうが効率がよい」という思い込みや、「障害児は通常学級で学べない」と決めつけるような指導を改め、当たり前のように思っていた「同年齢学級主義」を問いただす必要がありそうです。

教育の未来を考えるきっかけに

昨今の日本は、発達障害の子ども、貧困家庭の子ども、外国籍の子どもなど、さまざまな背景を持つ子どもが増えているにもかかわらず、教育は旧来の“一緒・一斉教育”による横並びのスタイルが続いています。

国内に限らず、海外の事例や考え方を知ることは、“自分は自分でいい”と実感できる教育の在り方や、多様性を受け入れ、共に学べる教室づくりとは何かを考えるきっかけになることでしょう。

それぞれに将来の可能性を秘めた子どもを持つ、私たち親世代にとっても教育の未来を想像させてくれます。

忙しい日々の子育ての中では、海外の教育事情にまで目を向けるのはなかなか難しいのが正直なところですよね。とはいえ、今の子どもたちが大人になる頃には、今よりもっとグローバル化が進んでいるとも考えられています。

時には、海外の教育事情から日本を眺めてみるのも、いい機会かもしれませんね。

(ライター/香川妙美)